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神様は楽をさせてくれない

3月31日(日)は教会にとっても年度の最後の日曜日で、教会学校のスタッフとして準備も含めて何やかやあって。
この日は、キリスト教の例祭でも最重要な復活祭でもあって、教会学校でも準備も含めて何やかやあって。

この日は、中野教会(日本同盟キリスト教団)にとっては九代目牧師の離任前最後の日曜日でもあり。ぼくにとって中野教会の役員(スタッフ)任期の最後の日でもあり。
ただでさえ牧師の交代というのは教会のメンバーにとっておおごとですが、末席とはいえ役員の任期中にそういうことになると、気持ちの面だけでもたいへんで。

4月7日(日)は年度の最初の日曜日、教会学校にとっては新学級での最初の礼拝。ばたばた。
中野教会にとっては十代目牧師の着任後最初の礼拝であり、牧師就任式があり、午後には新牧師就任感謝会があり。
感謝会ではぼくもちょこっと出番があって、その準備に時間かかってたし。

怒濤の年越し、じゃなかった、年度越しでした。

もろもろ無事に終了。おかげで教会ライフ少し気が抜けてます。自分にしてはがんばってたよねと、一息入れたいとこでもある。
でも、やることは山積み。夏恒例の小学生キャンプの計画なんて喫緊だし。

まあ、いいさ。
ぼくが怠け者だってことを神様はよく知ってる。だから神様はぼくに楽はさせない。わかってんだ。
きっと神様は「教会で何かしらの係をやらせて責任を持たせておかないと、こいつはすぐ教会に来なくなる。教会を離れても信仰が揺るがない者もいるが、こいつは教会を離れたらダメになるタイプだ。」って考えてるに違いない。

正直こっちも楽しんでるからいいけど、どこかで「神様にいいようにされてる」と思わないでもない。

大学を出てからの二十数年、何度か引っ越したけど、どこかの教会で教会学校を手伝いもしなかった年というのは一度もないと思う。
それは、きれいごとにするつもり抜きで、教会学校を楽しんでこられた、神を喜んでこられた、ということではある。

神様への、「ありがたいことだ」とほんの少しの「なんかシャクだな」とで、ぼくの教会ライフは今年度も続いていく。

今朝が、キリストがよみがえった朝だという話。

正確に言うと、十字架刑で死んだイェスがよみがえったことが明らかになったのがこの早朝です。
確認できる事実関係を整理するとですね。

・安息日(土曜)の前日にイェスは葬られた。
・以前からイェス自身が「メシア(キリスト)が、メシアを待ち望んでいたはずの人々に殺されること」「殺されたメシアが三日目によみがえること」を予告していた。
・安息日の翌早朝(日曜)、墓がカラになっていることが判明。
・その後、多数の目撃者が、よみがえったイェスに再会。

というあたりまでしか、証言からはわからない。
実際には、土曜の日没をもって安息日は終わり、日曜つまり「三日目」が始まっているのです。つまり、もしかするとイェスは、現在の時制でいうと土曜の日没後にすでによみがえっていて、それがわかったのが日曜の夜明け後という可能性もある。

当時の墓というのは、洞窟みたいなかたちに掘った空間で、古墳の玄室みたいな感じです。
その中で「出待ち」していたイェスが、数時間もしてから「わたしはよみがえる、と言っておいたのに、弟子たちは結局理解できなかったか」と嘆息しながら墓をあとにした、ということも十分想像できるわけです。

日曜の早朝にイェスの墓を訪れたのは、女弟子たちでした。
彼女らは墓がカラであるのを知って、男弟子たちのところへ急ぎましたが、「マグダラ村のマリア」と呼ばれる一人だけが墓の外でイェスに再会しています。
ここでイェスが「あまり遅いから、顔を洗いに行ってたんだよ」などと言ったら、「聖おにいさん」ふうのギャグですが。
…もうちょっと真面目にこの再会の場面を想像してみたものをこちらに→http://www.nunochu.com/bible/73_laugh/laugh008.html

ちなみにただいま、始発電車から乗り継いで教会に向かっているところです。
復活祭の日曜はやはり、いつもの日曜より早い時間に集まって、復活したキリストを礼拝したくなります。
というわけで今朝の教会学校(子供礼拝)は、通常09:15スタートのところ08:00スタート。
スタッフの準備の都合で、それ以上は早くできなくて。教会に着いたら、卵探しなどの仕込みを急がねば。

今夜は「最後の晩餐」の夜だという話

聖書によると、過ぎ越し祭の始まる日。イェスは弟子たちとともに、祭りのための食卓につきました。

(晩餐といっても、子羊の肉の他には、発酵させてない硬いパンと、苦菜と訳される菜っ葉など、豪華なものではなく。ついでにいうと、ダ・ヴィンチの絵のような椅子やテーブルの習慣はありませんでした。)

その食事の席でイェスは、水と手拭いを用意すると、弟子たちの足を洗い始めました。
これは奴隷の役目で、人となって世に来た神であるイェスがここまで自身を低くしたのだと教えるためでした。

このことから、今日は洗足木曜日とも呼ばれます。ぼくもつい先程、教会で洗足木曜を記念する聖餐式に行ってきました。
教会によって、聖餐式、主の晩餐式、聖体拝領など呼び方はさまざまですが、あの最後の晩餐の席でイェスがパンとぶどう酒を弟子たちに与えたことを模したものです。

聖餐式で取り分けられるパンは十字架で傷つけられたキリストの体を、ぶどう酒は十字架で流されたキリストの血を記念するもの、というのがプロテスタント教会の考え方です。
(カトリック教会などの考え方は、ウィキペディアなどで「聖変化」を。)

教会によって、年に数回だったり、毎月一回だったり(プロテスタントはこれが多いかな)、毎週だったり(カトリックの場合)という違いはあるけれど、この最後の晩餐を記念することが日曜日に続けられてきました。
そうした日曜日の聖餐式の、元祖が洗足木曜聖餐式。まあ、社会的には平日の夜なので、今夜も出席者は日曜礼拝ほど多くはなかったけど。

ぼくが入信したのは大学時代だから、聖餐式に与るようになって四半世紀くらい経つけど、俗物なぼくがいまだに毎回新鮮で緊張感を感じるというのが我ながら不思議です。この感じをいつまでも大事にできればいいなと。

ベネディクト16世の退位

ローマ教皇ベネディクト16世が退位されるということで。
数日前に書き始めたのだけどまとまってなくて、でも今日のうちに出してしまおうと。

日本政府やNHKなどでは「法王」としてますけど、カトリックの霊的指導者だからカトリック中央協議会の推奨する訳語で「教皇」とお呼びしますが。
その教皇ベネディクト16世台下は
「何度にもわたって神に対し良心に照らして考えた結果、高齢に達している我が身が教皇としての職務を達成することができないという確信を持った」
「素早い変化に見舞われ、信仰にとってとても大切な問題に揺れる今日の世界では、ローマ教皇には心身ともに活力が必要であるが、私にとってそうした活力がここ数か月弱ってきており、私に与えられた職務を遂行することができなくなった」
と述べられたと。

ぼく自身はプロテスタントということもあってか、人が大切にしてきたもの(人物に限らず)には敬意を払うものだと思うけどローマ教皇というその地位についてはぼくには「一人の教役者」でしかなくて。
ただ、その「一人の教役者」として見たときに、このベネディクト16世台下の退位には考えさせられるところがあったわけで。

以下、あくまでぼくの個人的な主観であって、意見には個人差がありますけど。
教役者の引き際というのは、難しいものだと思う。

ぼくの知る牧師たち(そんなに何人もは存じ上げませんけど)はみな、地上に生ある限り、神と神の教会とに仕えたいと思っておられるだろうことを、ぼくは疑わない。
その一方、ぼくの知るプロテスタントのいくつかの教団教派で共通して「牧師の引退後」は大きな課題だという事実。

この課題には「そもそも牧師に引退があるのか」ということが、牧師にも信徒にもあるだろうと思うわけで。
ひとたび「生涯を神のために」と決心した者が、しかもそれは自分一人の決心でなく神から与えられた召命だと確信した者が、引退なんてあるんですか、と。
そこに加えて、家族まるごと「この牧師先生にお世話になってる」とか、「私の葬儀はこの牧師先生に司式してほしい」という信徒が多かったりすると、仮に引退したいと思ってもなかなか引退させてもらえないかも。

一般にも「一生の仕事と決めたところで死ぬまで現役」というのは幸せでしょうし、それが牧師となると召命の世界。

ただ。

たとえば、ぼくが十数年前に初めて会った牧師は、その頃すでに高齢で、当時でさえ正直なところ説教はほとんど、いやまったく聞き取れませんでした。けどその後も長く現役でいらっしゃった。
最晩年には主任牧師は退かれたけど、それまでの間あの教会の皆さんにとって礼拝説教とはなんだったのだろうという思いを禁じ得ないわけで。
聖霊に満たされ促された素晴らしい説教だったとしても、なんて言ってるのか聞き取れない。
もしかしたら付き合いの長い教会員は聞き分けられたのかもだけど、初来者や求道者には伝わらない。
もしも、ですけどね。もしも「何やらありがたそうだけど意味はわからない」なんてお経のような受け取られかたをしたら、牧師にとっても本意じゃないだろうなぁ。それはまぁないか。

「神の賜物と招きは取り消されない」のだから、神がある人を牧師としたときに与えられている賜物は生涯なくならないはず。
そしてこの賜物は、どんだけすごいかということですよね、たとえば国外逃亡中の無力な爺さんだったモーセを召したときに神が彼に与えたものを考えたら。
ただ、その賜物を礼拝説教というところでは活かすのが難しくなったとき。そんなときの選択肢は、ことに日本では随分と限られてしまっているように思うわけで。
語るべきことは天から示されるのに発声では伝えられない、としたらたとえば文章で伝えるとか考えられそうだけど、話す賜物と書く賜物は別のようで。
以前にブログにも書いたある牧師は、説教はどこか弱々しいかただったけど時折いただくお手紙はとても力強くて、まるでパウロみたいだった。
ということは逆に「語る説教は力強いけど、文章は」という方もあるだろうと。
あるいは。ぼくが子供の頃からお世話になった牧師の召天後に説教集が出たのだけど、生前の生き生きした「神様のことを話すのが楽しくてうれしくて止まらない」という感じは文章には出てなかった。あれは編集者のチョイスの問題かも知れないけど、それ以前に説教集というのは説教者の存命中にはあまり出すものではないらしいし。そもそも日本では需要の点からも「語って伝えられないなら著作で」というのは難しいみたいだし。
そうなると、ヘンな視点にはなるけど現実の問題として牧師(とその扶養家族)の生活のためにも、ちょっとやそっとでは「教会の牧師」を引退するのは難しいのかも。そこに信徒の「この牧師先生にずっとお世話になってきた。この牧師先生が大好きだ。たとえ説教が何を言ってるかわからなくたって、この牧師先生にいてほしいんだ」が加わったりしたら、勇退は難しいかもなと。
ある程度の規模の、つまり複数の牧師を支えられる経済力のある教会なら別かもだけど。

世界何億のカトリックの教皇と、数家族で支えるような小ささも珍しくない教会の牧師を比べるのが無理あるだろうけど、それでもやっぱり考えてしまうわけで。

やっぱりまとまりませんね。ケータイで長文を推敲するのはぼくには無理。

そういや、ベネディクト16世に関連して宿題があったんだよな。
例の、東北大震災後の教皇の発言をどう思いますかってメールが何通か来てたんだ。
この話は長くなりそうなのでまた今度にするけど(と言ってるうちに早2年)、ぼくはあの時の台下の返答はとても真摯で、そして聖書的だったと思ってます。

さて、キリスト教になんの関心もない日本人もなぜか注目のコンクラーベとなるわけですが。
投票権を持つ日本国籍の枢機卿は今いないそうで。
いつの間にか濱尾枢機卿も帰天なさってたんだね。

メリークリスマス

今日はカトリック五井教会のクリスマスミサに出席しました。

今年のクリスマス、
23日は日本同盟基督教団のクリスマス礼拝。
24日は日本バプテスト連盟のキャンドルライト礼拝、
今日25日はカトリックのクリスマスミサ。
ちょっと贅沢というか、欲張ったかな?

神社さんだったら「あっちの神様、こっちの神様」というのは叱られるかな。某芸人の「芸能の神様のお守りを5つ持ってますが、見てのとおり(ご利益さっぱり)です」という自虐ネタを見るたびに、そんな浮気者はどの神様も扱いかねるのではと思います。
その点、キリスト教はどの宗派の教会に行っても同じ神様を礼拝してるので問題ないのです。

とはいっても、長い歴史のなかでそれぞれの宗派それぞれの教会が大切にしてきたことや考え方の違いというものもあります。
たとえば聖体拝領(聖餐式)はどの宗派でも大切ですが、パンとぶどう酒の考え方がカトリックとプロテスタントではすごく違うので、ぼくらプロテスタントはカトリックで聖体拝領に与ることはできません。
プロテスタントでは「どの宗派の教会ででも御父と御子と聖霊との名による洗礼を受けていれば同じキリスト教徒」なのだけど、そこはやはりカトリックが大切にしているものにずかずか踏み込むべきではないのでしょう。

プロテスタントには「カトリックが間違えた部分を宗教改革したのが自分たち」という自負があるように感じます。
ただ、プロテスタントが決別したり無くしたり捨てたり忘れたりしたもの、つまりプロテスタントがカトリックから別れるときに置いてきたものの中に、よいもの大切なものがまだたくさんあると思うのです。

たとえば礼拝の場としての教会。
プロテスタントでは「教会とは建物のことではない。信者が集まればそこがすでに教会なのだ」と考えるし、聖書にもそう書いてあるから正しい。それでプロテスタントは、普通の民家や貸し会議室でも「教会」と看板を出して礼拝したり布教したりできる。
でもカトリックの聖堂は、「偉大な神を人間が礼拝する場として、どうあるのがよいのだろう」ということを長い歴史のなかで積み重ねてきたものなんじゃないだろうかと思うのです。
プロテスタントの考えるとおり確かにステンドグラスや鐘楼は必要ないものだけど、でも人が神の前に立つ場として、一歩踏み入れただけで敬虔な気持ちにさせるこの(言葉はよくないかもですが)舞台装置としての聖堂は、「正しいか」「必要か」という以前に「よいもの」だと思うのです。

ま、隣の芝生的にカトリックを見ているところがぼくにはあると思うのだけど、それも踏まえた上で、カトリックから学べることはたくさんあるように感じます

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