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墓参り

浅草のとあるお寺さんに、うちの先祖累代の墓があります。先日、都営浅草線の沿線駅に社用で出たので、用件が済んでから早退扱いにして、久しぶりに墓参りしてきました。
この前、ばあちゃんの命日には来られなかったし。

私が今あるのはご先祖のおかげなんだなぁという思いがあります。
「主が私を愛してくださったから」というのが一番大きいのですが、主がご先祖をも愛してくださってその恵みが千代に及ぶという約束のうちに私があるということだとも思うのです。
ご先祖は主を知らなかったかもしれませんが、主は善人にも悪人にも陽を昇らせ慈雨をたまう神ですから。
もっとも、ご先祖とはいっても、ばあさまは養女でじいさまは入り婿だから、それより前とは血はつながってないのですが。(こういう場合「千代」はどうなるのだろう)

もうひとつ、「人が裁かれるのは世の終わりの時なのだから、生前には信仰に入らなかったご先祖のためにとりなしを祈るのはまだ間に合う」という思いがあります。
陰府でどのようにして福音に触れたり信じたりできるのかは、私の理解できる範囲では聖書には明らかではありません。ですから、いわゆるセカンドチャンス論を全面的には支持しにくいのですが、裁きはまだだというのは聖書から明らかなので、神に信頼し期待して、とりなしを祈っていこう。
それで、墓前で「神様、ばあちゃんやご先祖のことよろしくお願いします」と祈ってきました。
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