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アニメ「ちはやふる2」

アニメ「ちはやふる2」に二週続けて泣かされた。

以下、ネタばらし含みます。

先週の団体戦優勝は、まあ、仕方ない。何週か前から「優勝できないって展開もアリだけど、優勝したらオレ泣くぞ」と思ってたもの。

とにかく先週でいったんメデタシとなっての、昨夜の放送。
個人戦どうなる?
ちはやの負傷の具合は?
という話になると思ったら、団体戦の回顧シーンたっぷりでまた泣いてしまった。

ずるいぞ。(誰が?)

まあ、一人で見てる時でよかったよな。
四十路なかばのオヤジが少女漫画アニメで夜中に泣いてる図なんて、見られたもんじゃない。
どうも昔から「かわいそう」「がんばれ」では絶対泣かないけど「よかったねぇ」には極端に脆くていかん。

長女の部屋には原作コミックスがならんでるのだけど、放送終わるまで絶対に読まないぞと。
…「モーレツ宇宙海賊」も、放送終わるまで原作小説を我慢と思ったけど、結局そのまま読んでないな。そろそろ探すか。笹本裕一なんて面白いに決まってるし(ぼくの趣味にとっては)
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コメント

空恐ろしいこと
 題:空恐ろしくなる、話・・・。
....(真を求めて 皆様と共に幸せになりたい)
.
 イエスは、大工のヨセフの息子だという話は有名です。
 そして、イエスも大工をしていたのだろうとされています。
 お父さんの仕事の後を継いだ長男。親孝行な息子です。
 イエスが、福音書に出て来るのは、書かれている最初は、
洗礼者ヨハネの所に行って、洗礼を受けた時の話からです。
 洗礼者ヨハネは、イエスの従兄弟と言われています。
 イエスは尊敬していたのかもしれません。
 「是非、貴方に洗礼をして戴きたいのです」と言っている。
 後に、洗礼者ヨハネの集団にいた人たちが、洗礼者ヨハネの
刑死の後、イエスに従っています。と言うより、洗礼者ヨハネ
の死後、イエスは、その後も続けて継いで、一緒にやっていた
その運動をしています。
 イエスが、宗教に完全にはまった瞬間だったのでしょう。
 この時、イエスは35歳ぐらいでした。
 イエスは、37歳ぐらいで刑死し、イエスの活動の期間は、1
~2年とされています。
 洗礼者ヨハネの所に行った年齢は35歳ぐらいだったと考えら
れます。だから、イエスは、大工を35歳くらいまでしていて、
それから、洗礼者ヨハネの死も経緯し、活動に入っていったの
だろう。
 当時のイエスの大工の仕事は、「家具や農具の製作や修理」
だったと考えられています。
 この仕事は、遊行しながらもできるので、大工をしながら遊
行していたのだろうと言われています。(参考)ゆう‐こう【遊
行】 [名](スル) 1 遊び歩くこと。「外国に―して一時歓娯
を極むるに似たれども」〈織田訳・花柳春話〉 2 さまようこと。
 イエスは、宗教家を目指して
(詳しくは、以下のブログへ)
URL: http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009 /
URL: http://32983602.at.webry.info/
ななしのひつじさん
コメントありがとうございました。
ただ、どういったものを典拠とされているのかわかりません。失礼ながら、聖書や一般的な史学や考古学の成果ではないものをもとにしたどなたかの説を鵜呑みにしておられる印象を受けます。

>イエスは、大工のヨセフの息子だという話は有名です。
でもイェスは、親の仕事も実家も捨ててしまいました。ヨセフに対してはずいぶんな親不孝者じゃないでしょうか。イェスの弟たちまで、布教するために家業を捨てています。

>洗礼者ヨハネは、イエスの従兄弟と言われています。
言われていないと思います。
イェスの母マリアとヨハネの母エリサベトが親類だとは聖書(ルカ1:36)に書かれていますが、イェスとヨハネが従兄弟だというのは、マリアとエリサベトが姉妹であるという典拠が何かあるのでしょうか。マリアとエリサベトはかなり年齢が離れています。

> 後に、洗礼者ヨハネの集団にいた人たちが、洗礼者ヨハネの刑死の後、イエスに従っています。
違います。
ヨハネの集団からイエスに従った人たちは、ヨハネの死後ではなく生前に移っています。
なお、ヨハネは権力者の一存により無裁判で殺されていますが、こういうのは刑死とは言わないように思います。

> イエスが、宗教に完全にはまった瞬間だったのでしょう。
> この時、イエスは35歳ぐらいでした。
違います。
イエスが教え始めたときは「およそ三十歳であった」(ルカ3章23)

> イエスは、37歳ぐらいで刑死し、イエスの活動の期間は、1~2年とされています。
されていません。
イェスが十字架刑になったのは、教え始めてから三回目の過ぎ越し祭のときと考えるのが妥当です。年に1回の祭りが3回あったということは、活動期間は2年以上3年以下です。

> 当時のイエスの大工の仕事は、「家具や農具の製作や修理」だったと考えられています。
そう考えるのは無理があると思います。
大工が職業として成立するほど、ナザレみたいな田舎で家具の製作や修理の需要があったか疑問です。
農具の製作や修理は大工ではなく鍛冶屋の仕事です(サムエル記上13:19-20)

>この仕事は、遊行しながらもできるので、大工をしながら遊行していたのだろうと言われています。
そう言われているというのは初耳です。
この時代に庶民に遊行が可能だったのですか。宿などの第三次産業が発達するのは後代に巡礼という文化ができてからではと思うのですが。パウロも移動先では、家を借りるか下宿しています。
ナザレに近い都市セフォリスを領主ヘロデが拡張したのは、イェスがまだヨセフのもとにいた頃ですから、遊行などしなくても日帰りで出稼ぎに行っていただろうと思います。

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