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今夜は「最後の晩餐」の夜だという話

聖書によると、過ぎ越し祭の始まる日。イェスは弟子たちとともに、祭りのための食卓につきました。

(晩餐といっても、子羊の肉の他には、発酵させてない硬いパンと、苦菜と訳される菜っ葉など、豪華なものではなく。ついでにいうと、ダ・ヴィンチの絵のような椅子やテーブルの習慣はありませんでした。)

その食事の席でイェスは、水と手拭いを用意すると、弟子たちの足を洗い始めました。
これは奴隷の役目で、人となって世に来た神であるイェスがここまで自身を低くしたのだと教えるためでした。

このことから、今日は洗足木曜日とも呼ばれます。ぼくもつい先程、教会で洗足木曜を記念する聖餐式に行ってきました。
教会によって、聖餐式、主の晩餐式、聖体拝領など呼び方はさまざまですが、あの最後の晩餐の席でイェスがパンとぶどう酒を弟子たちに与えたことを模したものです。

聖餐式で取り分けられるパンは十字架で傷つけられたキリストの体を、ぶどう酒は十字架で流されたキリストの血を記念するもの、というのがプロテスタント教会の考え方です。
(カトリック教会などの考え方は、ウィキペディアなどで「聖変化」を。)

教会によって、年に数回だったり、毎月一回だったり(プロテスタントはこれが多いかな)、毎週だったり(カトリックの場合)という違いはあるけれど、この最後の晩餐を記念することが日曜日に続けられてきました。
そうした日曜日の聖餐式の、元祖が洗足木曜聖餐式。まあ、社会的には平日の夜なので、今夜も出席者は日曜礼拝ほど多くはなかったけど。

ぼくが入信したのは大学時代だから、聖餐式に与るようになって四半世紀くらい経つけど、俗物なぼくがいまだに毎回新鮮で緊張感を感じるというのが我ながら不思議です。この感じをいつまでも大事にできればいいなと。
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