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「とうきょうスカイツリー駅」なんて陳腐な

東武鉄道伊勢崎線「業平橋駅」がついに「とうきょうスカイツリー駅」になってしまいました。
だれがうれしいのだろう。
だれのためなんだろう。

業平橋駅は、近くにある吾妻橋の別名が業平橋で、その周辺の町名も業平であることに由来して命名されたそうです。
在原業平が主人公とされる「伊勢物語」でこの付近を舞台とした段があり、その中に出てくる「吾妻橋」の別称として業平橋と呼ばれるようになった、とwikipediaに書いてありました。

業平は、藤原高子姫に手を出したために藤原氏の怒りにふれ、駆け落ちに失敗して姫を取り返されてしまったあと、むなしくなって東国へ都落ちしていきます。
武蔵の国と下つ総の国との中に、いと大きなる河あり。それをすみだ河といふ。(中略)白き鳥の嘴と脚と赤き、しぎの大きさなる、水の上に遊びつつ魚を食ふ。京には見えぬ鳥なれば、みな人見知らず。渡しもりに問ひければ、「これなむ都鳥。」と言ふを聞きて、『名にし負はば いざこと問はむ都鳥 わが思ふ人はありやなしやと』とよめりければ、舟こぞりて泣きにけり。

つまりですね。

東京と千葉の間に大きな隅田川がある。
そこで、くちばしと脚だけ赤くてあとは白い、シギくらいの大きさの鳥が魚をとって食べていた(この描写は現在ミヤコドリと呼ばれている鳥よりもユリカモメではないかと言われているそうです)。
京の都では見ない鳥なので一行の誰もしらない。
船頭に尋ねてみると、「これこそミヤコドリ」と言う。
そこで
「名前にミヤコと背負っているくらいだから、さあ尋ねさせておくれよミヤコドリ。私の想うあの人、高子姫はどうしているかと」
と歌うと、船中のみんなが涙にくれた。

というところまで、公立高校の古文で伊勢物語をやったときにおもしろくておぼえてたんだけどさ。
伊勢物語が当時大ヒットしたというのもわかるわ。業平くん、なんの力もないけど、おしゃれなんだよね。(時代と作者名と作品名だけじゃなくて、こういう「ちゃんとおもしろいもの」をちゃんと扱えば、古文とか日本史とかぜったいに面白くなると思うんだけど。)

ところが、話はこれで終わってなかった。
平安初期に成立したこの伊勢物語をのちに読んだ宜秋門院丹後(平安末期~鎌倉時代)がこんな歌を残しています。
おぼつかな
都に住まぬ都鳥
言問ふ人にいかが答へむ
要するに「わからないわねぇ。隅田川のミヤコドリは京の都に住んだことないだろうに、たずねられても高子姫のことなんてどうやって答えろっていうのかしら」ということですね。

整理すると。
平安時代に業平はミヤコドリ(と船頭というか東国人)にツッコミを入れたわけです。
すると鎌倉時代に、業平は自分のそのツッコミのことで、つっこまれたわけです。
まるでトリオ漫才。

業平クンがこれを聞いたらどうしただろう。
「いやいやぼくはね、わかっててつっこんだんですよ。ミヤコドリなんて名乗ってたって答えられるわきゃないだろ、と意味だったんですけどね」
などと真正面から答えるようなことは、彼はしないでしょう。
スマートに、少しナナメくらいからのおしゃれな返歌を返すだろうなぁ。

なんていうことが、「業平橋駅」というたった4文字の駅名からただよう。ただよわせることもできる。
「とうきょうスカイツリー駅」などという、情緒もおもしろさもロマンもへったくれもないものからは、商売っ気しか感じないなぁ。
しかもわざわざ平仮名にして。外国人観光客は「東京スカイツリー」に行くのに「とうきょうスカイツリー駅」を探さなきゃいけない。親切のつもりがアダになるってやつだ。


(2010年末にmixi日記に書いたものを加筆再編集しました)
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