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「信教の自由」も仕分けですか

原口総務相が、「靖国神社にA級戦犯が合祀される過程で国がかかわった行政手続きに問題がなかったか」を検証すると。

つまり、国が靖国神社に戦没者名簿を私たプロセスに問題があったとするなら、祭神とされるべきでない戦没者が祭神になってることになるから、合祀を取り消させる、という論法のようです。

…宗教オンチな政権なのか、中国様にならって本気で宗教弾圧やりたいのか、どっちなんでしょう。

ある人たちが「これが神である」とすることと、それが実際に神であるかということの間には、関係はありません。
仮にある宗教が「この人こそ神だった」と信じているのが実は実在しなかった架空の人物だったとしても、その宗教にとっては関係ないことです。

靖国神社についても、仮に国側のプロセスに瑕疵があろうと、名簿に間違いがあろうと、戦没者が生きて帰ってこようと、実在しなかった人であろうと、靖国神社にとって「神である」としていることには関係ないはずです。(宗教に対して外部から合理性を求める愚かさの話であって、靖国神社がどのように考えているかは知りません。)


実際、一神教の神も多神教の神々も、その実在性は科学的にも合理的にも理論的にも証明されていません。
私はキリスト教徒ですが、それはイエスが神であると合理的に証明されたからではなく、ただ信心によって受け入れているだけです。
当たり前ですね、「酸素がないと死ぬ」と同じ次元で「イエスを信じなければ滅びる」というのが合理的な事実として提示されたら、それは「信じるか信じないか」という話ではなくなりますから。

ところで仮に今後、国がある宗教に向かって「これらは神ではないから祀ってはならない」と強制できるようになったとしたら、それはどの宗教に対しても同様にする権限が国にあるということになりますね。
信教の自由のためと称して靖国反対を叫ぶ宗教者というのがいますが、実際には彼らは信教の自由を侵害されたがってるわけです。

もっともキリスト教は「信仰の不自由」大歓迎という宗教なんですけどね。私はまだその境地に至ってないので、信教の自由がないと困る。というわけで、またひとつ民主党に反対する理由ができてしまったなと。
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