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靖国神社の みたま祭り

先週、靖国神社の例祭「みたま祭り」を見に行ってきました。

奉納された提灯など独特のものはありましたが、いかにも右な団体も、ハンドマイクで訴える左な団体や教会関係者らしき団体もなく、そういう意味では予想に反して普通でした。
騒がしいのは8月15日だけなのでしょうか。

著名人などから奉納された行灯(?)が飾られていましたが、平和を祈念するものなど、政治的意図のないものばかり。
唯一、小林よしのり氏の作品は、巨大蚊取り線香の煙りで爆撃機などが蚊のように落ちてくるのを子供たちが喜んでいるというイラストでしたが、それが逆に浮いて感じるほどでした(小林作品も戦争そのものの風刺と取れれるから好戦的と即断はできませんでしたが)

お宗旨が違うので参拝はしないのですけど、社頭掲示は必ず見ます。戦死者の手紙や遺書、家族から戦地の兵への手紙などが掲示板にかかげられるものですが、この日はレイテで戦死された陸軍准尉から家族への手紙でした。

行くたびに、ことに社頭掲示を読むたびに、「二度と誰もこんな思いをしちゃいけない」「二度と誰も、こんな思いで家族を送り出したりしちゃいけない」と思わされます。
私の周囲のクリスチャンには「反戦だから反ヤスクニ」という人が少なくないのですけど、実際に行ってみると、逆に反戦教育に有益なんじゃないかと私には感じられるところです。

「戦死の美化は、次の戦争の準備だ」という意見があることは知っていますし、もしかすると実際にそのように企図する人たちもいるかもしれません。でも「戦死の美化」と「戦死者の顕彰」はまた別のはなしだと思うのです。戦死者を顕彰することが戦死の美化にならないようにするのが反戦ではないかと。

この日は、つのだ☆ひろ氏のジャズバンドが奉納コンサートがあって、無料で楽しめたのはラッキーでした。
ところで、これはクリスチャンである私には仮定の話になりますが。もし靖国の英霊がこの奉納を聞いていたら、どう思ったでしょうか。
「敵国語で敵性歌謡など!それより、米軍に倒された自分や戦友の報復を」と?
それとも、平和な時代になったもんだと喜んだ?
仮定のことで察しようもありませんけど、後者ではという気がします。

もとより、異教である神社に来ると、キリストによる救いの福音をもっと証しなければという気にはなります。
けれど、それよりも。
たとえば東京をはじめ日本全土で非戦闘員の大量虐殺をおこなった爆撃隊も、原爆投下も、聖書に誓って就任した指導者の命により、しかも従軍牧師の祝福を受けて出撃し実行したのだと思うと、「私たちキリスト教徒」というためにはまだ総括されていないことが大きすぎると思うのです。
いったい、「私たちキリスト教徒」に反ヤスクニを言う資格があるのか、と。
「日本人である以前にキリスト者」という言い方を好む方がいらっしゃるわりに、「私たち日本人」としての反省はあっても「私たちキリスト者」の反省はほとんど聞かないような気がします。
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