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使徒言行録8章、フィリポと宦官

礼拝で子供相手に「お話」をする準備のために、使徒言行録8章26-40についていろいろ調べ、考えてみました。
布忠Webサイト>聖書研究のページ

宦官はイザヤ書を53章まで読んだところでフィリポに出会ったわけですが、そのあと読み進めて56章3-7を読んだとき、いったいどれほど神を賛美しただろうかと思います。
宦官であるがゆえに子を持つこと(子孫によって自分の名が記念されること)がありえない彼が、ヤハウェによってとこしえの名を与えられ、エルサレムの城壁に名を刻まれるという。
異邦人といえども、その奉納をヤハウェは受け入れ、エルサレム神殿は「すべての民の祈りの家」と呼ばれるという。そしてまさにそのために、あの「苦難のしもべ」は宮清めをおこなわれたのだなぁ。

そしてイザヤ56章にある異邦人のための約束は、私のような異邦人クリスチャンにも示されているわけで。「主は御自分の民とわたしを区別される」とは言うまい!

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