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ひとことで台無しになった名曲

近年よくあちこちの教会で聞く「きみは愛されるため生まれた」という歌があります。
教会によっては「賛美歌」と呼んでいますが、歌詞は神を賛美する歌というよりも、人の尊厳を賛美する歌。だから教会以外でも耳にすることが少なくないのでしょう。賛美歌ではないとは言っても、クリスチャン好みのよくできた歌ではあると思います。

聞くところでは、これは外国曲を邦訳したものだそうですが、翻訳詞というのは一目瞭然ですね。もし詩人が母国語でつくったものだとしたらあり得ないだろうひとことがまぎれこんでしまっているからです。

この現代口語の歌では「きみは」という言葉が多用されていますが、その中に唐突に「われらの」という言葉がでてくるのです。
「きみ」が文語表現で使われないわけではありませんが、「われら」というひとことで歌全体がギクシャクしたものになりさがってしまった感じは否めません。
日本語を母国語とする人による、訳詞ではなく作詞だったなら、この歌詞で「われら」は使わないでしょう。

私は言語やなにかの専門家ではありませんが、現代の日本語では二人称で「きみ」を使ったら一人称は「ぼく」を使うのが自然ではないかと思います。私の感覚が常に正解だなどといううぬぼれはないけれど、まあ私だったら「ぼくらの」としたでしょう。

「それでは女子が歌えない」などというのは逆差別主義者くらいなもので、確かに「ぼく」は主として男子/男性が使う一人称ですが、たとえば「ぼくらはみんな生きている」を女児は歌えないということはないでしょう。
それ以前に「きみ」だって主として男子/男性が使用する二人称ですし。

勘繰れば、「ぼく」を使いたくないというだけで安易に3音節の二人称複数を選んだのではとさえ思ってしまうのですが、百歩ゆずって「ぼく」をNGにするとしても、せめて「わーれーらのー」の部分を「わたしたちのー」とするなどの工夫がなされていたらと思います。いい歌なだけにもったいない。
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