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聖書研究:マルコ福音書6章

「聖書を読んでみよう」サイトの聖書研究のページに、マルコ福音書6章からバプテスマのヨハネが領主ヘロデに殺されるくだりについてアップしました。

マルコ福音書6章14~29

教会で聖書研究祈祷会の発題を担当したときの内容を整理したものです。

あわせて、聖書研究のページも整理しました。
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聖書研究:ヨハネ福音書11章

先日、「聖書を読んでみよう」サイトの聖書研究のページに、ヨハネ福音書11章からラザロの復活についてアップしました。

http://www.nunochu.com/bible/75_seiken/joh11_01-54.html

教会で聖書研究祈祷会の発題を担当したときの内容を整理したものです。

今朝が、キリストがよみがえった朝だという話。

正確に言うと、十字架刑で死んだイェスがよみがえったことが明らかになったのがこの早朝です。
確認できる事実関係を整理するとですね。

・安息日(土曜)の前日にイェスは葬られた。
・以前からイェス自身が「メシア(キリスト)が、メシアを待ち望んでいたはずの人々に殺されること」「殺されたメシアが三日目によみがえること」を予告していた。
・安息日の翌早朝(日曜)、墓がカラになっていることが判明。
・その後、多数の目撃者が、よみがえったイェスに再会。

というあたりまでしか、証言からはわからない。
実際には、土曜の日没をもって安息日は終わり、日曜つまり「三日目」が始まっているのです。つまり、もしかするとイェスは、現在の時制でいうと土曜の日没後にすでによみがえっていて、それがわかったのが日曜の夜明け後という可能性もある。

当時の墓というのは、洞窟みたいなかたちに掘った空間で、古墳の玄室みたいな感じです。
その中で「出待ち」していたイェスが、数時間もしてから「わたしはよみがえる、と言っておいたのに、弟子たちは結局理解できなかったか」と嘆息しながら墓をあとにした、ということも十分想像できるわけです。

日曜の早朝にイェスの墓を訪れたのは、女弟子たちでした。
彼女らは墓がカラであるのを知って、男弟子たちのところへ急ぎましたが、「マグダラ村のマリア」と呼ばれる一人だけが墓の外でイェスに再会しています。
ここでイェスが「あまり遅いから、顔を洗いに行ってたんだよ」などと言ったら、「聖おにいさん」ふうのギャグですが。
…もうちょっと真面目にこの再会の場面を想像してみたものをこちらに→http://www.nunochu.com/bible/73_laugh/laugh008.html

ちなみにただいま、始発電車から乗り継いで教会に向かっているところです。
復活祭の日曜はやはり、いつもの日曜より早い時間に集まって、復活したキリストを礼拝したくなります。
というわけで今朝の教会学校(子供礼拝)は、通常09:15スタートのところ08:00スタート。
スタッフの準備の都合で、それ以上は早くできなくて。教会に着いたら、卵探しなどの仕込みを急がねば。

今夜は「最後の晩餐」の夜だという話

聖書によると、過ぎ越し祭の始まる日。イェスは弟子たちとともに、祭りのための食卓につきました。

(晩餐といっても、子羊の肉の他には、発酵させてない硬いパンと、苦菜と訳される菜っ葉など、豪華なものではなく。ついでにいうと、ダ・ヴィンチの絵のような椅子やテーブルの習慣はありませんでした。)

その食事の席でイェスは、水と手拭いを用意すると、弟子たちの足を洗い始めました。
これは奴隷の役目で、人となって世に来た神であるイェスがここまで自身を低くしたのだと教えるためでした。

このことから、今日は洗足木曜日とも呼ばれます。ぼくもつい先程、教会で洗足木曜を記念する聖餐式に行ってきました。
教会によって、聖餐式、主の晩餐式、聖体拝領など呼び方はさまざまですが、あの最後の晩餐の席でイェスがパンとぶどう酒を弟子たちに与えたことを模したものです。

聖餐式で取り分けられるパンは十字架で傷つけられたキリストの体を、ぶどう酒は十字架で流されたキリストの血を記念するもの、というのがプロテスタント教会の考え方です。
(カトリック教会などの考え方は、ウィキペディアなどで「聖変化」を。)

教会によって、年に数回だったり、毎月一回だったり(プロテスタントはこれが多いかな)、毎週だったり(カトリックの場合)という違いはあるけれど、この最後の晩餐を記念することが日曜日に続けられてきました。
そうした日曜日の聖餐式の、元祖が洗足木曜聖餐式。まあ、社会的には平日の夜なので、今夜も出席者は日曜礼拝ほど多くはなかったけど。

ぼくが入信したのは大学時代だから、聖餐式に与るようになって四半世紀くらい経つけど、俗物なぼくがいまだに毎回新鮮で緊張感を感じるというのが我ながら不思議です。この感じをいつまでも大事にできればいいなと。

30万ヒット突破

ぼくが運営しているWEBサイト「聖書を読んでみよう」のカウンタが、気づいてみたら300000を超えていました。

たぶん、超えたのは昨日くらい。

1998年8月にgeocitiesで開設し、その後に現在の独自ドメインを取得。以来、
2002年11月19日頃、5万ヒット突破。
2004年10月29日頃、10万ヒット突破。
2009年1月12日頃、20万ヒット突破。
2012年5月2日頃、30万ヒット突破。

実は半年以上、いや1年近くも更新が止まっているのですが。
なんとか連休中にはと思うのだけど。
ご声援、ご加祷ありがとうございます。

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